JavaScriptが無効に設定されています。
サイトの機能がご利用になれませんので、設定を有効にしてください。
週刊プロレス・デジタル
週刊プロレス・デジタル
試合結果
試合結果速報一覧
熱戦譜
王座記録変遷史
ニュース
最新ニュース一覧
ニュースランキング
ニュースファイル
TV&イベント情報
BBMムック書籍情報
レスラーコラム
コラム一覧
バックナンバー
読専リングサイド
インタビュー
インタビュー一覧
クロストーク一覧
週モバEYES
コラム一覧
バックナンバー
読専リングサイド
選手名鑑
選手名鑑
観戦ガイド
今日の試合
日別大会一覧
団体別大会一覧
都道府県別大会一覧
団体検索
団体検索
プレゼントコーナー
プレゼント情報一覧
週モバ写真館
今週の特集
バックナンバー
モバイルPhoto自慢
投稿画像一覧
画像を送る
バックナンバー
インフォメーション
会員登録
会員入口
マイページ
ポップアップ設定
会員削除
プライバシーポリシー
特定商取引法に基づく表示
利用規約
対応端末・ブラウザ
お問い合わせ・FAQ
週刊プロレス・デジタル
戻る
三沢光晴特集四天王&NOAH編
今年(2020年)で三沢光晴さんが亡くなってから11年が経過。全日本でデビューし、2代目タイガーマスクに変身。天龍源一郎らSWS勢の大量離脱後に素顔となり、川田利明、田上明、小橋健太とともに四天王時代を確立。三沢さんはエースとして全日本をけん引し、2000年6月に多くの仲間たちとNOAHを旗揚げ。「プロレス界の盟主」と呼ばれるほどの隆盛を築いた。そんな三沢さんの偉大な足跡を、週刊プロレス誌面でプレイバック! 第2弾では四天王&NOAH時代編をお届けします。
1993年7月29日、全日本武道館大会。三冠ヘビー級王者の三沢光晴が川田利明の挑戦を受け、投げっぱなしジャーマン3連発、タイガー・スープレックス・ホールドで3カウントを奪取。四天王時代本格到来を告げるタイトルマッチだった。
1993/8/17号(No.567)
1993年12月3日、全日本武道館大会。三沢光晴が小橋健太と組んで「世界最強タッグ決定リーグ戦」を制覇。川田利明&田上明との最終公式戦に勝って優勝を決め、同時に第24代世界タッグ王者となった。
1993/12/21号(No.590)
1994年3月5日、全日本武道館大会。三沢光晴が小橋健太と組んで、ジャイアント馬場&スタン・ハンセンとメインで激突。最後は全日本の「伝統技」であるダイビング・ネックブリーカーで三沢が馬場にフォール勝ち。
1994/3/22号(No.604)
1995年4月15日、全日本武道館大会。三沢光晴が優勝決定戦で田上明との激闘を制し「チャンピオン・カーニバル」優勝。濃密なリーグ戦を闘い抜き、5年目で悲願の初制覇だった。
1995/5/2号(No.667)
1997年1月20日、全日本大阪大会。三沢光晴が小橋健太の三冠ヘビー級選手権に挑戦。三沢がエプロンでのパワーボムをウラカン・ランで切り返すなど驚がくの攻防が繰り広げられ、最後はエルボーで三沢が勝利。
1997/2/11号(No.777)
1997年9月6日、全日本武道館大会。三沢光晴が三冠ヘビー級王者として秋山準の初挑戦を迎え撃つ。四天王時代から五強時代への突入を予感させる一戦だった。
1997/9/23号(No.813)
全日本プロレス旗揚げ25周年記念1997年10・21日本武道館大会「'97ジャイアント・シリーズ」最終戦特報号。三沢光晴が三冠ヘビー級王者として小橋健太の挑戦を迎え撃つ。プロレス史に残る熱戦はタイガードライバー91で終止符。三沢が6度目の防衛に成功し、試合後には「ミサワ」コール、「コバシ」コールだけでなく「ゼンニッポン」コールも場内に響いた。
1997/11/7増刊号(No.822)
全日本プロレス創立25周年記念1998年5・1東京ドーム大会完全詳報号。全日本初の東京ドームのメインで三沢光晴が三冠ヘビー級王者として川田利明の挑戦を迎え撃つ。
1998/5/22増刊(No.854)
1998年10月31日、全日本武道館大会。三沢光晴が小橋健太の三冠ヘビー級選手権に挑戦。前年の好勝負を上回る激闘を制して、三沢が第20代王者となった。
1998/11/17号(No.884)
全日本プロレス1999年5・2東京ドーム大会ジャイアント馬場“引退”記念興行完全詳報号。三沢光晴がベイダーを破って、三冠ヘビー級王座を奪回した。
1999/5/20増刊号(No.914)
1999年5月7日、三沢光晴が全日本社長就任。王道を継承しながらも新しい全日本プロレスが発進した。
1999/5/25号(No.915)
2000年6月9日、全日本日本武道館大会のメイン後、三沢光晴の退団が発覚。王道マットの激動を追う。
2000/6/27号(No.983)
2000年6月13日、全日本プロレス役員会で三沢光晴らが6名の役員が辞職。翌14日に川田利明が、16日に渕正信が全日本残留を表明。三沢ら総勢31名は16日に会見をおこない、新団体「NOAH」を旗揚げすることを発表した。
2000/7/4号(No.984)
2000年6月23日、渦中の三沢光晴をインタビュー。新団体「NOAH」に向けた決意を聞いた。
2000/7/11号(No.985)
2000年8月5&6日、三沢光晴らが新団体「NOAH」を旗揚げ。旗揚げ2連戦の主役をかっさらったのは秋山準だった。
2000/8/22号(No.991)
2000年12月23日、NOAH有明コロシアム。NOAHが初のビッグマッチを開催。三沢光晴はベイダーとのシングルを制した。
2001/1/9号(No.1011)
2001年1月13日、NOAH大阪大会で三沢光晴が橋本真也と初対決。NOAHvsZERO−ONE、闘いの火蓋は切って落とされた。
2001/1/30号(No.1015)
2001年4月15日、NOAH有明コロシアム。初代GHCヘビー級王座決定トーナメント決勝で三沢光晴が高山善廣に勝利。初代GHCヘビー級王者が誕生した。
2001/5/1号(No.1029)
2001年、NOAH旗揚げ1周年記念興行7・27日本武道館大会速報号。三沢光晴は秋山準に敗れて、GHCヘビー級王座から陥落。
2001/8/12増刊号(No.1045)
2003年3月1日、NOAH武道館大会。三沢光晴が小橋建太に敗れ、GHCヘビー級王座から陥落。
2003/3/18号(No.1138)
2004年、NOAH7・10東京ドーム初進出記念詳報号。三沢光晴は武藤敬司とタッグで初対戦。
2004/8/1増刊号(No.1215)
2005年、NOAH7・18東京ドーム大会詳報号。三沢光晴は川田利明と5年ぶりの一騎打ちで勝利を収めた。
2005/8/7増刊号(No.1272)
三沢光晴永眠…NOAH広島大会でいったい何が起こったのか?哀しみと衝撃の2日間を完全追跡ドキュメント/船木が武藤祭にサプライズ登場/土井vs吉野ドリームゲート戦/TAKAvsサスケS-K戦
2009/7/1号(No.1478)
特集一覧へ
週刊プロレス・デジタル TOP